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/遺言書がある場合の遺産分割協議について

depppp 2015-08-10 13:19:23

遺言書があり、相続分の指定がなされていても、相続人全員でそれと異なる遺産分割協議をすることは可能ですが、特定の遺産を特定の相続人に相続させる旨の遺言、いわゆる相続させる旨の遺言をした場合でも、これと異なる遺産分割協議をすることは可能なのでしょうか?相続させる旨の遺言は遺産分割方法の指定と解されるので、遺産分割協議をすることは不可と考えますがどうでしょうか?
相続させる旨の遺言でも、遺言執行者が指定されていない場合は、遺言と異なる遺産分割協議も可能であると聞いたことがあるのですが、相続させる旨の遺言がある場合は遺産分割できない、の例外があるか教えてほしいです。

 

deppppさん、こんにちは。

特定の遺産を特定の相続人に相続させるとする遺言が「遺産分割方法の指定である」とされた最判平3.4.19に関する論点ということになります。
当該遺言の解釈を巡っては、激しい対立があり、非常に難しいところですが、また、同時に興味深いところでもあります。

この判例の中では、「他の共同相続人も右の遺言に拘束され、これと異なる遺産分割の協議、さらには審判もなし得ない」「当該遺産については、右の協議又は審判を経る余地はないものというべき」という表現が使用されています。

これをストレートに解せば、まさに当該指定と異なる形での遺産分割は認められないということになります。

また、登記実務においても、特定不動産を「長男A及び二男Bに各2分の1の持分により相続させる。」旨の遺言がなされた場合、この持分と異なる遺産分割協議(A持分3分の1、B持分3分の2)をA及びBにおいて行った後、右遺言書とともに、この遺産分割協議書を添付して、A持分3分の1、B持分3分の2とする相続登記の申請は受理できない(登研546号)とされています。

では、この判例の中で、一切の例外を認めていないかというと、「当該遺言において相続による承継を当該相続人の受諾の意思表示にかからせたなどの特段の事情のない限り、」とされています。

そこで、たとえば、「甲土地は長男Aに相続させる。ただし、Aがこれを承継しない旨の意思表示をした場合は、その分割の方法については、A・B・Cの協議によって決定すること。」というような文言があれば、Aがこれを承継しない旨の意思表示をした場合には、当該遺産分割は可能だと考えられます。

試験的には、この例外の前まで押さえておけば足りると私は考えています。
よって、以下は参考程度で良いのですが、意見の対立が激しく、内容はなかなか面白いものです。
きっと、ここで皆さんが閲読したという経験が「エピソード記憶」として残るでしょうから、今日は少しだけ書いておきましょう。

論点は、判例(最判平3.4.19)のいう「特段の事情」がなければ遺産分割は一切認められないのか?というものです。
これには様々な解釈があります。

まず、この判例の趣旨を限定的に解釈するものとして、当該判例は「当該遺産については、右の協議又は審判を経る余地はない」と言い切っているものの、その意味は、「相続させるとの遺言があった場合には、遺言で別段の意思表示が表明されたなどの事情のない限りその指定相続人はその遺言を受入れるしかないということであり、・・・この場合、当該相続人は、指定された特定の遺産を取得することに不服があっても、他の相続人全員の了解が得られない限り、当該遺産を相続せざるを得ないことになる。」というところにある、という見解があります(法曹時報44巻2号-塩月秀平)。

そうすると、逆に相続人全員の合意があれば(それは協議を前提としている)、遺言とは別の相続秩序を実現することが可能である(家族法判例百選第5版)-つまり、遺言とは異なった内容の遺産分割も可能とする結論を導くことができます。

さらに、これを遺言執行者の有無によって区別する見解もあります。つまり、遺言執行者がいる以上、相続人は相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない(民1013)ことから、この場合は、相続財産の処分となる遺産分割もできないとして、遺言執行者がいない場合に限って、当該遺産分割を認める見解が1つ。
もう1つは、遺言執行者の有無にかかわらず、遺産分割を可能とする見解です。

遺産分割方法の指定があっても、相続人間での遺産分割を認める見解の根拠は、遺言が法定相続に優先し、相続人の意思は遺言に優先するというのは相続法の鉄則であり、このことは権利放棄の自由(私的自治)が私法の基本的支柱とされる以上、自明のことである(家族法判例百選第5版)というものです。

つまり、各遺産の帰属について、最終的な決定権者は相続人自身であって、当該指定を受けた相続人が、甲土地など自分にとっては不要だという場合に、ここに「相続放棄」そのものを要求するのは不都合だといえます。
本来、遺産分割方法の指定は、どの財産を誰に帰属させるかを被相続人があらかじめ指定することで、遺産分割による相続人間の争いを防止しようというところにその趣旨があったはずですが、その拘束力が強すぎては、相続人間での紛争防止に繋がらないというわけです。

そして、遺産分割を経ずに特定の財産を特定の相続人に帰属させたいのであれば、「遺贈」を用いれば足りるはずであり、これに重ねて遺産分割方法の指定に処分行為の性質を認める必要はないはずであるという考え方です。

ただ、平成3年当時であれば、「遺贈」登記ではなく、「相続」で登記を申請できるメリットは、確かに大きかったといえます。
当時、遺贈の登録免許税の税率は1000分の25、相続は1000分の6でした。
現在のように相続人への遺贈であれば、相続と同じ税率(1000分の4)とする扱いはなかったのです。また、農地につき、相続人への特定遺贈であれば農地法の許可を不要とする(平24.12.14第3486号)という扱いも当時はありませんでした。

このような実務上の利益と観点から、最判平3.4.19の判例が出されたとは必ずしもいえませんが、実はこの判例が出るまでは、裁判実務及びこれを支持する学説と登記実務でその考え方が一致せず、混乱が生じていました。

そして、この判例により、そこに一応の終止符が打たれることになったのです。
-登記実務を是認する形で。
裁判長は、香川保一判事。
そう、あの「書式精義」の香川先生です。
当時、「書式精義」はまだ十分な権威を誇っており、香川先生の見解=登記実務の見解といっても、過言ではなかったといえます。
ゆえに、香川先生が、裁判官席の中央に座られた時点で、既に答えは出ていたともいえるでしょう。

もっとも、その2年前、共有不動産で相続人不存在となった場合にその帰属は、特別縁故者か他の共有者か、いずれが優先するかという平成元.1.24では、5人の判事の中でただ一人香川先生だけが「他の共有者が優先する」という反対意見を主張されたという、これまた強烈なエピソードも残っていますが・・・。

一方、内田貴先生は、著書(民法Ⅳ親族・相続)の中で、「税法や登記手続上の考慮を民法の論理に優先させたようにみえる本件判決には反対である。」と真っ向から「香川判決」に対する反対意見を述べられています。

試験的には、ここまで必要ないと思いながらも、私もついつい読みふけってしまうことがあります。

もちろん、皆さんは「極テキスト」とこの「質問広場」にとどめ、決して手を広げすぎないように気をつけて下さい。

別腹のデザートは、合格後の楽しみに。

講師 小泉嘉孝








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koizumi 2015-08-19 00:26:14

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